大日本報徳社 社長あいさつ

 

万象具徳 以徳報徳 不壊世界
(公益社団法人)大日本報徳社長 鷲山恭彦

 コロナ禍の中で

 コロナ・パンデミック真っただ中での新年です。世界で七千万人が罹患し、一五〇万人が亡くなり、日本でも一七万人が罹患して、亡くなった方は二千人を超えました。

 一〇〇年前のスペイン風邪では、世界で五億人が感染し、世界人口二〇億人の時代に死者は五〇〇〇万人から一億人といわれています。日本では人口五五〇〇万人のうち二四〇〇万人が罹患し、四〇万人が亡くなりました。

 スペイン風邪は、第一次世界大戦末期という大規模な環境破壊の中で起っています。新型コロナも、地球温暖化による環境破壊と無縁ではないでしょう。生物分布のバランスが崩れ、ウイルスを運ぶ蚊や蠅や蝙蝠の分布拡大によって自然宿主と共存していたウイルスが人間に感染するリスクが高まったのです。

 コロナに対しては、ワクチンが開発されて接種が始まり、終息に向かう新しい局面に入りました。しかし、コロナ禍によって私たちは、いかに脆い基盤の上に生きているのかを思い知らされました。

 

持続可能な未来へ

 初動段階では、コロナ検査ができませんでした。各地の保健所を整理統合で減らしてしまったからです。また、法の改正で、労働人口の三分の一にあたる二千万人の非正規が生じました。営業自粛、休業要請で、ここの人たちにコロナが直撃しています。

 コロナ禍は、地球環境の破壊と貧富格差の拡大をあぶり出し、競争・効率・合理化の新自由主義政策の欠陥を露呈させました。

 ウィズ・コロナ、ポスト・コロナの最重要課題は、持続可能な社会をどのように築いていくかでしょう。私たちの求めるのは、競争や分断ではなく、均衡のとれた生活環境です。心身の健やかさと幸福感、格差や汚染のない社会、自然と共生し、地域コミュニティーを大切にした平等な社会です。国際・国内の大局的動向を注視しつつ、この課題の実現を目指す身のまわりの実践が肝要です。

 密集・密接・密閉を避け人との接触を抑えた新しい日常は、急速なリモート化を促しました。テレワークやローテーション勤務が始まり、オンライン会議、在宅ワークが行き渡りました。

 働く場所、住む場所にとらわれない勤務の在り方は画期的で、今後の生き方の可能性を大きく広げています。

 

天・地・人から考える

 時代の転換期は本源的な思考を求めます。二宮尊徳は、世界を「天・地・人」において捉えました。そして、天については「天道と人道」を、地については「道徳と経済」を、人については「新田と心田」をといった対立項を置いて、これを軸に課題の全面的考察と解決を探求しました。

 考えてみますと、異常気象も、格差拡大も、差別抑圧による人心荒廃も、「天道と人道」「道徳と経済」「新田と心田」の拮抗関係の全面的考察と実践を怠ったからに他なりません。

 天道のない人道は乱開発であり、人道のない天道は地球温暖化でしょう。経済のない道徳は寝言であり、道徳のない経済は犯罪です。新田開発のない心田開拓は空疎な観念や徳目の羅列に成り果てます。

 相対する二つの極がきりきりと切り結んで生まれる創造的接点の実践こそが、あらゆる問題解決の原点になるのです。そしてその根本には、万象具徳、以徳報徳の考え方があります。

 

万象具徳 以徳報徳

 万象具徳──あらゆるものに徳が宿っている、どの人にも、どの物にも。そしてその徳に対して、以徳報徳──徳で以って徳に報いよと尊徳は説きます。

 報徳博物館の館長だった佐々木典比古さんは、この考えを次のような詩に託しました。

  どんなものにも よさがある  どんなひとにも よさがある

  よさがそれぞれ みなちがう  よさがいっぱい かくれてる

  どこかとりえが あるものだ  もののとりえを ひきだそう

  ひとのとりえを そだてよう  じぶんのとりえを ささげよう

  とりえととりえが むすばれて このよはたのしい ふえせかい

 じっくり読み返すとここには、人間として生きる初心があることに気づきます。自分を見詰め、家族を見渡し、地域を見直して、そこから良きものを引き出す。その共有こそ、生きることであり、人生なのです。

 時代は大きく動いています。新しい働き方が始まり、今後、ICTやAIによって、人・物・情報・サービスの在り方は格段と向上するでしょう。市街地、農村部、山間部の差はなくなり、むしろその特性と徳を生かした、旬産旬消、地産地消、互産互消の豊かな活動が地域を軸に広がります。

 新しい年に当たって、心を研ぎ澄まし、自分の課題を見つめつつ、地域の魅力を掘り起こしましょう。

 

堅固な一日、不壊の世界へ

 佐々木典比古さんは最後に「このよはたのしいふえせかい」と言っています。漢字で書くと「不壊世界」です。決して崩れぬ、堅固な世界のことです。

 昔、友達の家に遊びに行って、夕方、畑から帰って来たお祖母さんが「今日はよく働いた。堅固な一日じゃった」とつぶやいたのを、印象深く思い出します。「堅固な一日」――何という素晴らしい言葉だろうと思いました。

 スローライフ、健康長寿、循環型社会が言われます。それはよく働き、心を耕し、知恵を尽くした「堅固な一日」によって支えられます。

 「天地の 和して一輪福寿草 咲けよこの花 幾代経るとも」。尊徳の道歌です。天の力と地の力が自分の力と絶妙に融合して咲いた、春を告げる福寿草の讃歌です。

 私たちも福寿草にあやかって、天地人の偉大な力の融合の上に、新しい生き方と社会を追求して参りましょう。

(2021.1.1)

 


鷲山恭彦(わしやま やすひこ)社長プロフィール

1943年、静岡県小笠郡土方村(現・掛川市)に生まれる。
東京大学修士課程人文科学研究科独語独文専修修了。

東京学芸大学学長(2003年11月~2010年3月)を経て、

東京学芸大学名誉教授。
2014年から大日本報徳社理事、2018年3月に第9代社長就任。
祖父は嶺向報徳社の創設者で本社副社長も務めた鷲山恭平氏、

父は本社理事で講師(農業改良普及員)だった鷲山淑夫氏。